「失ってから初めて気付くものがある」
とは、よく言ったものだ。
形があろうが、なかろうが、失くしてからようやく、その大事さを知ることは多々ある。
どんどん小さくなっていく鉛筆。
底が見え始めた米櫃。
夏休みの終わりが見え始めたときの、残された休みの時間。
体調を崩したときに感じる、普段の健康のありがたみ。
学校に行かなくなってから懐かしく思う、毎日会えていた友人や教室の賑やかな声。
家を出てから気付く、当たり前にあった安心できる日常。
旅行最終日の前夜。
どれも、失くしてから気付くものだ。
取り返しのつかないものから、代わりのあるものまで。
これまで、失くしてから気付いたことがたくさんあるからこそ、今を大事にしたいと思ってきた。
それでも、実際にいろいろなものを失うと、やっぱり「あのとき、こうしていたらよかったのかな」と、後悔交じりの考えが頭をよぎる。
もっと大切にできたんじゃないか。
もっと違う言葉をかけられたんじゃないか。
もっとできることがあったんじゃないか。
考え始めれば、いくらでも出てくる。
でも、あのときの行動も、かけた言葉も、きっと、そのときの自分なりのベストだったのだと思う。
今だから分かることがある。
失ったからこそ、分かったこともある。
そんな今の自分が、あのときの自分に「もっとできただろう」と言うのは、少し酷なのかもしれない。
それでも、後悔がなくなることは、おそらくない。
むしろ、大切だったものほど、「もっと」という気持ちは残り続けるのだと思う。
だったら、その「もっと」を過去に向け続けるのではなく、今、自分のそばにあるものに向けたい。
もっと話しておこう。
もっと会っておこう。
もっと笑っておこう。
もっと大切にしておこう。
いつか失ったときに、後悔しないためではない。
ただ、今を大事にするために。
どれだけ願っても、
どれだけのお金を積んでも、
過ぎてしまった「今」を取り戻すことはできない。
だから、今を大事にしたい。
Carpe diem.