夢現塾の小学生には、毎週「作文」の課題が出される。
作文を苦手とする子どもは多いと思うが、様々なテーマに則って、構想を練り、筋道を立てて書くことが義務付けられている。
教師の添削は、大変な作業ではあるが、開塾当初から続けている。最低合格ラインのC判定から、最高に素晴らしいA゜までの評定を付ける。漢字の間違いや字の汚さ、細かいルールなどについてはあまりうるさく言わない。作文に正解などないから、自由に書いてあってよい。ただし、日記ではないので、読み手がいることを意識して書くことが重要だ。その読み手の心に何らかの感情やら感動を残すことができれば、最高の評定が付く。そのためのポイントは、「出来事を起こった順に書いてゆくこと」で、その中でも、最も伝えたいと思う場面の様子や行動を細かく記述し、その時の気持ちを強調する表現を考えることが大切だ。
このことを意識して練習を重ねると、格段に上手くなってゆく。
ちなみに、過去の生徒の見本作文は以下だ。この時のテーマは「修学旅行」で、当時小6生だった女子(後に岡崎高校進学)の書いた作文である。
電池パック事件
「カメラ貸して」
「うん、はいどうぞ」
今は修学旅行に来ていて、新幹線をおりて奈良に向かうバスに乗っている。私たちの班は写真をいっぱいとろうね、とみんなで決めていた。ずっと前からこの日を待っていた私は、じっとしているのがつらいほどワクワクしていた。特に楽しみにしていたのは夜、部屋で怖い話をすることだ。しかし、奈良公園が近づいてきた今、怖い話よりも百倍も千倍もおそろしいことに気づいてしまったのだ。
「ギャー!」
私はとつぜん、今までに出したこともないような大声を出した。となりに座っていた子はビクッと体をふるわせて、
「ど、どうした…?」
私は、その内容があまりにもおそろしいため、さっきとは正反対の、消えてしまいそうな小さい声で言った。
「あ、あのさ…私、カメラの電池パックを忘れた…」
「何だって!」
となりの子が、さっきの私ぐらいの大声を出した。そんな大声で先生にばれたらやばい。
「し、静かに! 先生にばれたらどうするの」
すると、後ろに座っていた同じ班の子二人が、
「何? 大声で一体どうしたの?」
そ、それが… 私は先生の様子を見ながら、
「カメラの電池パックを忘れた…」
心臓がバクバクいって止まらない。
「はあ? 忘れたって、どこに?」
答えたくない、その質問には。忘れた場所は…
「ええと… 新幹線の座席のポケットの中…」
そう、私は絶対に電池パックが戻ってくることができない場所に置いてきてしまったのだ。
「それ、やばくない? もう絶対に先生におこられる」
と、班の子達はせっかくの修学旅行なのにしょんぼりしていた。ごめん…私が電池パックの管理役だったのに…
ため息をつくと、班の子達が意外なことを言った。
「まあ、いいや。せっかくだから班行動は楽しもう!」
みんな、許してくれるの? みんなの顔が天使に見えた。
が、それは大間違いだった。
「そうだね。だってどうせ一番おこられるのは新幹線に忘れてきたかんちゃんだし」
「うんうん、それにかんちゃん班長だからね」
そんな…私だけおこられちゃうよ。みんな、そんな悪魔みたいなこと言わないで。班の子に、ある意味本当のことを言われた私には、ただ心臓のバクン、バクンという音しか聞こえなかった。
先生に電池パックのことを切り出せなかった私は、他のあまりおこられないだろうと思われる人たちと修学旅行を楽しんでしまっていた。いつの間にか日は暮れ、バスは旅館へと向かっていた。見学をしている間、何度か電池パックのことは頭の中をよぎったが、先生に班行動を禁止されるのを恐れて何も言えなかった。ああ、ご飯が終わったら言おうかなあ… 最後の寝るときに言うとか? でもなあ… 私の頭の中は、どのタイミングで先生に電池パックのことを言えばいいか、でパンパンだった。
なかなかいい答えが出ないうちに、バスは旅館に到着。部屋に入り、ご飯を食べ、ああ、もう絶体絶命…だれか助けて、と思いながらお風呂のしたくをしていた。すると、中から出てきたのは、一万円札よりも何よりも欲しかった電池パック! それが姿を現した。
「キャアアアァァアァ 」
私は電池パックを忘れたことに気付いた時よりも、さらに大きく高い声を出した。そしてすぐさま、電池パックを片手に部屋を出て走り出した。うれしくてうれしくてたまらなかった。階段を上っている間、担任の先生とすれちがったが、そんなのは無視。それどころじゃない。男子の部屋まで走って行った。同じ班の子を見つけると、電池パックを上にあげてさけんだ。
「あったよ! あったよ! 電池パックあった 」
「良かったあ。めちゃくちゃ良かったあ…」
とすごくほっとしていた。
電池パックは部屋の電気に照らされて、私にはどんな物よりもすてきに見えた。
臨場感があり、ユーモアもあり、表現力も豊かで、先へ先へと読み進めたくなる作文だ!!
先日、小5生に与えたテーマは空想作文で、「理想の一日を過ごす」という指示だ。
男子の作文は、自分の好きなものを食べ、好きなことに時間を費やすと言った、わりと日常に起こりうる現実的な作文が多かったのに対し、女子生徒は、「お嬢様」や「プリンセス」になって一日を過ごすという夢物語が大半を占めていた。朝から、お付きのものに起こされ、もしくは外国製の高級目覚まし時計が鳴り響く中で目覚め、テーブルを埋め尽くすフルコースの食事である。中には「松坂牛」というブランド名まで書いてあるものもあった。ディズニーランドを貸し切って遊び放題、ショッピングも金額を気にせず堪能するという、それはそれは楽しそうな一日となっていた。
ところがだ、その半数の女子の作文には、以下のような記述が見られた。
朝、起きるとわたしはひつじたちに囲まれていた。「お嬢様、朝でございます」…
ん?ひつじたち?
間違いなく「しつじ(執事)」のことだろう。
朝から羊たちに囲まれていたら、臭くてたまらないと思うが(笑)、本人たちは真剣なのである。ひつじたちは、その後も何度も何度も登場する。
返却しながら、生徒たちに「おいおい、今回の作文、大問題があったぞ…君らは羊たちと暮らすのが理想なのか?臭くないのか?」
不思議そうな顔をしている生徒たちも、意味を理解するやいなや、ゲラゲラ笑いだす。
当の本人たちは少し恥ずかしそうであるが、他の子たちも本当はちょっと怪しいはず。
「いいかい?これ、執事な!し・つ・じ・だ・ぞ。ハイ、言ってみよう~!せーの、し・つ・じ~。これ、ちゃんと覚えないと、執事たちに囲まれるような豊かな生活はできないぞ(笑)!もう一回言ってみよう…」
彼女たちのお陰で、妙に楽しい気分になった授業であった。