「僕の携帯がダメなんですかね。電話がかけられなくて… 僕のLINE送られてますか?」
宮下先生から岡崎本校へと電話があった。困ったような声が受話器から聞こえてくる。どうも携帯電話の電波が悪いようなのだ。
電話を切り、とりあえず私も幸田校へと車を走らせた。ご飯を買おうとコンビニに立ち寄るが、やっぱりお弁当にしようと、お弁当屋さんに電話をかける。
…ん?切れた。
携帯の画面には「接続できませんでした。」
というなんとも冷たい文字が表示されている。
回線が混んでいるのだろうと思い、再び電話をかけてみる。が、かからない。
画面左上の、電波はしっかり4本立っている。しかし、数字がいつもと違う。
「3G」そう出ている。
なんだ、電波弱いだけか。
そう思い、私は迷わず電源を切った。大体のトラブルは再起動で解決できる。そう信じていたのが、一向に「3G」の表示は変わらない。
何かがおかしい。
同じ時間に、同じように電波が悪い人が夢現塾に2人もいるなんて。
幸田校に着くやいなや、インターネットで検索をかけてみる。しかし、それすらも繋がらない。苛立ちを落ち着かせながら、数分ほどねばり、やっと繋がったところで、わたしの疑問が確信へと変わったのを感じた。
そう、私の目に飛び込んできたのは
「通信障害」の文字であった。
OMG…(Oh, my God…)
健康診断の時同様、外国人のような反応をしてしまった自分がやはりいた。
LINEがかろうじて使えるのが救いだったが、授業の欠席メールは送受信不可能。インターネットはなんとか繋がるが、とてつもなく遅い。
早い復旧を願うものの、その願いも届かず、私の携帯電話はとうとう「3G」から「圏外」の表示へと切り替わってしまった。
何もできない。携帯電話がないと、何もできない。
結果4時間以上も続いた「通信障害」は全国の3分の1の人々を苦しめたそうだ。
飛行機やライブのQRチケットを表示できなかったり、待ち合わせができなかったり、迷子になってしまったり、家族と連絡が取れなかったり。
携帯電話は今や国民の必需品であり、生活の一部である。「依存」という言葉では片付けられないものなのだ。
多くの人を長時間に渡って混乱に追い込んだ「通信障害」は、総務省によって電気通信事業法上の「重大事故」と判断された。
私自身、動揺を隠せない数時間ではあった。私にとっても「重大事故」であった。
しかし、教室にを一歩入ると、不思議なほどにいたって平和な時間が流れていた。全国で「重大事故」が起きているなど微塵も感じさせない、いつも通りの笑顔と明るい声が教室には響いていた。そこには、人対人の「通信」があふれていたのだ。
通信の語源は、
信(よしみ)を通わせるということ。つまり、人同士のお互いの意志や感情を伝達し合って信頼を通わせるということだ。
私たちは機械ではない。
私は、私なりに、夢現塾の教師として、言葉という電波を生徒に向けて発信させ続けていこう。
「通信障害」など起こさせない。夢現塾では。