「先頭でお待ちのおきゃあぁっ…!!!」
ガッシャーン!
そして、静寂が私を包んだ。
大学生のときに、約2年間働いたアルバイト先。昔からずっと教師の仕事に就きたいと思っていたからこそ、バイトではあえて接客サービスを行うお店で働いてみたいと思い、面接を受けに行ったところだ。
しかし、楽しいことばかりではなく、冷や汗をかくような瞬間も何度かあった。お客さんが探している商品がなかなか見つけられず長時間待たせてしまったり、閉店時のレジのお金の計算を間違えて社員の方に大迷惑をかけてしまったり…。
その中でも特に記憶に残っているのは、レジでド派手に大転倒した日のことである。
あの日は、いろんな商品が割引価格で購入できる日で、普段よりもレジにお客さんが多く来ていた。それに対応するためだったり、プレゼント用の包装をするためだったりで、店員もレジに複数人いた。
そのうえ、お客さんがレジで支払いを終え、用なしとなった空っぽの買い物かごがいくつか積み重ねられていて、少し店員側のスペースが窮屈になっていた。
そこにやってきたのが、まだ働き始めて間もない私。
列の先頭で待つお客さんのお会計を担当するため、空いているレジに向かおうとしたその瞬間。
積み重ねられていた買い物かごの取っ手に足を引っかけ、下半身は置いてけぼりに。私の上半身は、床へ一直線。顔面直撃…かと思われたが、なんとかギリギリで腕を前に出し、顔面を守ることに成功。
うわ~焦った~…、と思ったのも束の間、周りがシーンと静まり返っているのに気づいた。
そうだ、こんな大勢の人が見ている前で派手に転んだんだ…、と恥ずかしさのあまりそこから動けずにいると、頭上から「大丈夫か!」「怪我してない?!」「え!立てそう?」など心配の声が降ってきた。
その声に救われる思いで顔を上げ、なんとか足に絡まった買い物かごを外した。きっとマスク越しでもわかるくらい真っ赤な顔をしていたと思う。そのまま「大丈夫ですっ…」と少し背を丸めて、足早にレジへと向かった。
そして、そのレジの前で待っていたお客さんに、「申し訳ございません。お待たせいたしました」と言おうと口を開きかけたが、先にそのお客さんが声を発し、「あの、大丈夫ですか?ゆっくりでいいですよ」と明るく、優しく笑いかけてくれた。
恥ずかしさと嬉しさとで、不自然なまでに目を細めて笑いながら、商品を預かりお会計を始めた。
そのお客さんは少し前から既に列に並んでいて、私の転倒の一部始終もあり、かなりの時間待っているにもかかわらず、私のレジ対応を全く急かさなかった。
当時働き始めたばかりで、まだそんなに周りとも打ち解けておらず、不安でいっぱいだった中での大転倒。立ち上がれずに床を見つめていたあの瞬間、「今日限りで辞めてやろう」という考えもよぎった。
あのとき、何事もなかったかのように扱われていたり、ひそひそ話しながら私を笑う声が聞こえたり、「何やってるの!さっさと立って!」なんて怒られたりしていたら、どうだっただろう。
きっと、ふとした瞬間に転んだことを思い出して、やるべきことに手がつかなくなって、落ち込んで、「もうバイト行きたくないな…」と思いながら、イヤイヤ働いていただろう。
しかし、そうはならなかった。温かい声かけのおかげだった。
さらに、レジでの対応がひと段落ついた後にも、事件当時レジにいた人たちがわざわざ私の所へやってきて「本当に大丈夫?」と念入りに心配してくれたり、「俺も売り場で段ボールタワー倒したことあるよ(笑)」と失敗談を教えてくれたり、「派手にやったなー!(笑)」と潔く笑ってくれたりしたのだ。そのおかげで、心がふっと軽くなったのを覚えている。
小学生・中学生のうちは、初めて経験することが次から次へとやってくる。勉強はもちろん、部活や習い事、人間関係など。そして、初めてだからこそ、悪気はないのに間違えてしてしまうこともあると思う。
そういう失敗や間違いは、誰にだって起こる。そんなとき、そこからどうやって立ち上がって、どうやってまた前に進むか。ミスした人自身がどう考え行動するかも大事だが、同じくらい、周りの人がどういう対応をするかも大事だと思う。
だから私は夢現塾で、例えば授業中、生徒が問題を解き間違えてしまったとき、どうしたらミスを減らせるか、どうしたら「次は絶対正解するんだ!」と思ってもらえるか、そういうことを考えて声をかけていかなければならないな、と改めて思った。
あのとき周りの人に優しい声をかけてもらったからこそ、私にとってあのお店は居心地のいい場所で、常に自分のやるべきことに集中できた。バイト先として通ったのはたったの2年間だったが、その中で接客技術や商品知識など、たくさんのことを学べたし、今でも役に立つようなことが経験できた。
みんなにとっての夢現塾も、そういう“居心地が良くて、のびのびと成長できるような場所”であれるように、私自身もより一層頑張っていきたい。