「ガンッ!」
幸田校では、毎度おなじみの音。
この音を聞かない日はないと断言してもいいほど、なじみのある音。
幸田校に来たことがある生徒は、この自販機から飲み物が出てくる音を毎週必ず耳にしているはずだ。
「おねがいしまーす」
14:05。ある日の第1自習室使用者、中3生の男子登場。
ドアを開く音と共に、3歩ほど歩いたところで足音が止まった。
どうやら彼は「先に買う派」らしい。
幸田校に来る生徒は3パターンいる。
1:自販機をそもそも利用しない
2:一度教室に荷物を置いてから、または休憩中に自販機に向かう
3:教室に入る前にまず自販機に向かう
男子は3のパターンが多く、女子は2のパターンかつ団体で買いにくることが多いと私は密かに分析している。
そんなことを考えながら、プリントを整理していると、事務室のドアがゆっくりと開いた。
「せ、先生~…俺、Mets(炭酸飲料の名前)押したはずなのに全然違うやつ出てきたんだけど…しかも自販機で販売されていないやつだよ?」
なんとも言えない渋い顔をした坊主頭の彼の手には、悲しいかな
「プラズマ乳酸菌」と書かれたペットポトルが握られていた。
乳酸菌とMetsでは種類が違いすぎる。
暑い中やってきて、キンッキンに冷えた炭酸飲料でのどを潤したかったはずだったのだろう。その気持ちは奇しくも届かず、出てきたのは、体に優しさを与えてくれる乳酸菌サプリであった。
(今日の晩御飯は肉―!)と楽しみに学校から帰ってきたのに、献立が変わり、煮魚が出てきた時のあの悲しさと同じだろう。そんなの辛すぎる。
同情すると共に、今の彼には絶対に冷えたMetsが必要なんだと感じた私は、彼から乳酸菌を買い上げ、彼にMetsを飲むチャンスを与えた。
「先生!ありがとう!」
嬉しそうに笑顔でMetsを手にする彼。
彼の笑顔、プライスレス。
そして私の手には、代わりに差し出された「プラズマ乳酸菌」が。そこにはこんなシールが貼られていた。
『受験生をまもるチカラ!』
これはお告げなのだろうか。もう今は幸田校の自販機で販売されていない「プラズマ乳酸菌」の最後の1本からのメッセージ。
早々と中間テストが終わりを迎え、のんびりする間もないまま、すでに期末テストまで1か月をきっている。
私たちの仕事の1つは、生徒たちに、テストで打ち勝つ武器を与え、守っていくこと、戦いに勝たせること。
期末テスト対策では、受験生だけではなく、中1中2の生徒たちのために、どんな武器や術を与え、戦いへの背中を押そうか…
頭を悩ませながら、パソコンと向き合いプリントを作る私の片手には、「プラズマ乳酸菌」。
彼らを守るチカラを体内に!と願いを込めて、全力で乳酸菌をカラダへと流し込むのであった。