去年の秋頃からだろうか。なぜか急に「お花」が気になるようになったのだ。
入学式や卒業式、発表会や結婚式など、いわゆる“イベント”と呼ばれる場面には、必ずと言っていいほどお花の存在がある。
けれど、これまでの私にとってお花は、あくまで背景の存在だった。
人生の中で、お花に特別な興味を持ったことは、正直ほとんどなかったと思う。
そんな私が、つい数か月前、人生で初めてお花屋さんに入った。
お花屋さんはどこか敷居が高い場所だというイメージがあり、何を選べばいいのか、花の名前すら分からず、久しぶりに緊張したのを覚えている。
それでも思い切って、「自分の部屋に飾るお花をください」とフローリストさんにお願いし、アレンジしてもらったのが始まりだった。
それをきっかけに、今では月に一度、“自分にお花をプレゼントする”ことが習慣になった。
最近では地元の直売所に足を運び、「今回はこれがいいな!」と、自分で選び、家でいけるところまでできるようになった。
同居している祖母は昔からお花やガーデニングが趣味で、母も長年、華道教室に通っていた。
家に帰れば、ちょっとした“お花の師匠”が常にいる環境だ。
今までまったく気づかなかったが、きっとどこかに眠っていた“お花の遺伝子”が、この歳になって急に騒ぎ出したのかもしれない(笑)。
お花を飾るようになってから、ひとつ気づいたことがある。
今、目の前にある切り花は、最初からここにあったわけではないということだ。
どこかの農園で、誰かが種をまき、水をやり、天候に気を配りながら、時間をかけて育ててくれた。
その積み重ねがあって、初めて、私たちの手元に「今」、彩りを与えてくれている。
私が見ているのは、その人たちの時間と手間の、ほんの“結果”の部分だけなのだと。
勉強や受験はどうだろうか?
今、机に向かっている君たちの努力も、決して一人だけで成り立っているわけではない。
毎日送り出してくれる家族、支えてくれる人たちの時間や思いの上に、「今」の一日がある。
結果は、すぐには咲かない。
目に見える変化がない時期には、不安になることもある。
だが、花が咲く前に、土の中で根を伸ばす時間が必要なように、結果として現れる前には、必ず“見えない準備期間”がある。
今日の一問。
今日の一時間。
今日の自分がやったこと。
それは、すぐに花にならなくても、確実に、君たちの中で根になっている。
咲く時期も、咲き方も、人それぞれでいい。
大切なのは、
今日も水をあげたかどうかだ。
2026年も、夢現塾での一日一日を大切にしながら、それぞれの花を咲かせる一年にしていこう。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。