その時は突然やって来た。六名校の天井から教室内に響くほどの音。
「ばたばたばたばたばた……..ばばばばばばばばばばばば……!!!!!!!」
雨だ。それもすごい大粒の。
中3生は一斉に天井を見上げ、私は窓のそばへと駆け寄る。
バケツをひっくり返したような雨とはこういうことをいうのだろうか。
一粒一粒の雨が、地面に落ちるたびに、まるでピンポン玉みたく大きく跳ね上がる。
(これは大変なことになりそうだ…)
外には自転車は8台ほど並んでいる。
「先生…俺たちヤバいよね!?!?」いつも自転車で塾にやって来る子たちからは、不安の声が上がる。口調は明るいが、顔はうまく笑えていない。
さらに、
「あーりんもヤバいんじゃないの!?!?」と女の子も口を開く。
その通り。この状況で外に出たら、間違いなく靴中浸水確定だ。しかし私は、
雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、夢現塾の教師。安全に生徒を送り出すためなら、どんな嵐だろうと、赤い誘導棒片手に、外の世界へと飛び出していく。
さあ、無事授業を終え、右手には誘導棒、左手には傘という名の武器を持ち、いざ豪雨の中へ。
が、一瞬ためらう私。そこには目を疑う光景が広がっていた。夢現塾に勤めて4年。こんな光景は初めてだった。
六名校の駐車場に波ができているのだ。波が校舎側、道路側にいったりきたり。
まるで波のプール。
道路側(普段車から乗り降りする場所)は、くるぶしぐらいまでの水が溜まっていた。
プールの水ぐらい透き通った色ならまだしも、色は濁り茶色い雨水の波。
それを見て、
「ガンジス河だ!先生、バタフライの練習になるから泳いでよ!」と叫ぶ男子の声を背に、プールに入るすれすれで棒を回す私。
その横で、ビニール袋に包まれた大切なカバンをかごに入れ、自転車に跨る勇者たちが一人ずつプールへと突っ込んでいく。
「うおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!
さよならぁぁぁああああああああああ!!!」
声をあげながら、嵐の彼方へ消えていくチャリンコ軍団。
彼らの勇気を称えたい。
そんな中、お迎えの車が続々とやって来る。みんなバシャバシャと、勢いよくプールの中で待つ車に向かって走っていく。スニーカーだろうとサンダルだろうと、「行くっきゃないでしょ!」と言わんばかりに飛び込んでいく。
みんなの勇気も称えたい。
が、私が目を逸らした瞬間だった。
すさまじい叫び声が耳に飛び込んできた。反射的に振り返る私。そこには、波にのまれるサンダルと、ドアが開いた車越しに叫ぶ坊主頭の男子の姿が。
彼の大切なサンダルが…漂流した…
すぐさま車から飛び降り、流されるサンダルを必死で追いかける15歳。しかし、波は容赦なくサンダルを押し流す。
「バッシャバッシャバッシャ」
水しぶきを上げ、追いかけて、追いかけて、…
また追いかける。その姿を誰もが見守っている。そして笑い声という声援も上がる。荒波の中を、やっとの思いで救い出したサンダル。もう片方のサンダルも、相方が戻ってきて喜んでいることだろう。
彼の勇気もまた称えたい。
その30分後、徐々に水は引き、普段の駐車場が戻って来た。帰るころには完全にプールは消え去ったが、
その日の彼らの勇姿が、私の目にはまだ焼きついていた。
あの波にためらわず立ち向かっていける君たちなら、MJテスト、そして近々待ち構えている中間テストにもためらわず立ち向かっていけることだろう。
知識という武器をたくさん身につけて荒波の中を進んでいこう!