私はその日、ひとり黙々と雪だるま製造機を使って、ひよこの形の雪だるまを作り続けていた。
すれ違う人たちは、「ははっ。かわいいねぇ。」「写真撮らせてください~。」とそんな言葉を笑顔でこちらにかけてくる。
が、そのときの私は全力の苦笑いだった。
私はこの日、荒島岳という福井県にある山にいた。日帰りで行ける雪山ランキングには大体ランクインしている山だ。
登山を始めて6年。「雪山には登らない」とずっと決めていたが、ここ最近でがらりと考えが変わった。レベルアップしたいと思い始めた自分がいたのだ。
“危険を感じたら戻る” “戻る勇気も大切” と自分に言い聞かせ、とうとう雪山登山にチャレンジすることにしたのだ。
鈴鹿山脈の藤原岳、鎌ケ岳~入道ケ岳への縦走、世界一の積雪量記録を持つ伊吹山。雪山練習するたびに、また登りたいと思った。美しい雪山に完全にとりこになった。
そんな中、次の目標に決めたのが「荒島岳」という山だった。
往復8時間なんて余裕だ。途中で食べるお菓子は何にしよう…そんな呑気なことだけを考えながらすぐに当日を迎えた。さあ、今日も登山の始まりだ。
息を整えながら順調に登っていく。そして途中からは目の前の景色が一面真っ白になり始める。
が、2時間が経過したころだろうか?なんとなく体に異変を感じ始めた。
とにかく
暑いのだ。そして荷物が
重い。雪の中にも関わらず半袖になってしまった。が、それでも暑い。何かイヤな予感がすると思い始めたころ、登山者泣かせの急登が現れた。荒島岳といえば“急登”と言われるほどだ。私の前には巨大な壁がそびえ立っていた。
とりあえず一歩一歩足を踏み出していく。ずるずる滑りながらもズンズン進んでいく。しかし登れば登るほど傾斜はきつくなる。足にはアイゼンと呼ばれる器具がついており、片足1キロちょっとの錘を付けて登っていくような感じだ。
さらに足を踏み出すたびに、ズボズボと膝小僧のあたりまで足が雪に埋もれるのだ。重たい雪から歩くたびに重い足を抜かないといけない。全力の行進で坂道を上っているようだ。
足が重い… 暑い… 背中にも5キロを超える荷物を背負っている状態。
気づくと、すれ違うご年配の登山者にどんどん抜かされている自分がいた。スピードは亀そのものだった。
一緒に登った友人が言う。
「この急登が終わったら帰ろうか?頂上までは時間的に行けなさそうだね。」
(行けない?帰る…?)
初めてのことで頭が真っ白になった。今まで頂上まで行けなかったことがないからだ。でも確かにこのペースだと日が暮れてしまう。
「私はいいから先に行っていていいよ!頂上まで!」
ぜえぜえと息を切らしながら、かろうじてこの言葉だけは伝えた。もう私には否定する力も残っていなかった。
どんどん見えなくなっていく友人。そして近くを行くご年配登山者。
ぽつんと一人、急に世界には自分しかいないような気分になった。
(とにかくここだけは登り切ろう!)
自分を奮い立たせ、なんとか急登の先までたどり着いた。しかし、「登れなかった」という事実ばかりが頭をよぎった。本当なら頂上で食べているはずだった金ちゃんヌードルとチーズバーガーを頬張りながら、なんて情けないんだと心も体も縮こまってしまっていた。
そして頂上へと向かった友人を待つため、暇つぶしに雪だるまを製造する。
というわけで、今回の日報の最初の場面に戻るのだ。
この雪だるまは、何人か登山者に笑顔を与えたようだが、私には苦い思い出となった。
体力不足はもちろんあっただろう。だが、暑さと重みが私の体力を消耗していったことは間違いない。
私は家に帰り、ザックに詰め込んだ荷物を一つ一つハカリで測っていった。なにか削れるものはないか?1g単位で、どう削るかを考えていく。まずはザック。私が使用しているものは1.5kgあった。今やUL(ウルトラライト)の時代だ。さっそくザックを500gのものに変更。次にトレッキングポール。2本で500gだったものを、392gに。財布は22gから6gへ。ボトルホルダーは42gから30gとなった。わずかなことかも知れないが、塵も積もれば山となる。とにかく軽さを追求することから始めた。
削ってはいけないもの(レインウェアやダウン、アイゼン、非常食、水)、そして削れそうなものに分けることで、快適な山行を実現できることに今更ながら気づいたのだ。
一から考え直すのは面倒だと思っていた。今のままでいいや、と思っていた。
が、何年も前の古く重い装備のまま、追求もしないまま、「これぞ安定の山行」だと思っていた状況は、今になって私を苦しめたのだった。
「安定」は決して「安心」ではないのだ。ときに安定の追求も必要なのだと感じた。
とうとう4月。
中1のみんな入学おめでとう。そして小5、小6、中1、中3のみんな進級おめでとう。
ワクワク胸躍らせている子もいると思うが、今まであった「安定」がまさに崩れるときでもある。不安になっている子ももちろんいるだろう。
「安定の日常」「安定のクラス」「安定の友達関係」「安定の学習方法」が一気に変わっていく。いや、むしろ変えない努力をしようとする子もいるだろう。が、今の安定に安心することなかれ。
自分の目標達成や、円満な学校生活など、自分の日常を過ごしやすくするには何を削ったらいいのか?何を削ってはいけないのか?をこの機会に考えてみるといいかもしれない。
「より安定した」生活が君たちを待っているはずだ!